走×旅 ~Running Journey~
走ることとか、旅することとか、戯言とか。
旅 Journey

東北大震災の海岸線へ【日本縦断ラン 77~78日目 (宮城)】【旅ラン】

<77日目(6/17)>         

宮城県・白石市~宮城県・角田市

 

白石発

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久しぶりの布団で休んだ昨晩。

 

早起きの習慣が体に染み付いていて、5時半には目が覚める。

 

それからゆっくりと齋藤さん宅で会話などしながら過ごす。

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午前9時に出発。

空は雨模様

 

少し疲労が溜まっているようなので、天候や体調に合わせてボチボチ進む。

 

次の目的地は、修一さんのご実家・山元町へ行くことにした。

東日本大震災で大きな被害を受けた場所だ。

 

峠越え

白石と山元の間には、角田市という町がある。

とりあえず、そこを目指す。

 

白石市街を抜けると、すぐに山に囲まれた峠道になる。

割と傾斜がある。

 

以前から右の足底に強張りがあったが、あまり酷くはなかったので先へ。

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途中から歩道がなくなるこの道。

交通量が少ないのが救いだ。

 

角田市

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峠を越えて、角田市街に入る。

 

白石市と同じくらいの大きさの町だ。

大きな国道がない分、車通りは白石よりも少ないようだ。

 

町の少し奥にロケット発射台が見える。

角田のシンボルのようなものになっている。

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ところで、右足底の具合が良くないようだ。

10km過ぎたあたりから、力を入れる度に痛む。

多分、使い過ぎで強張っているのだろう。

 

もう一つ峠を越えたところに山元町はあるが、先は急がずにこの日は角田市で休むことに。

 

定番のヨークベニマルでブログ記事等を書きながら、閉店間際の値下げ惣菜を狙う。

 

[77日目・走歩行距離:22km]

 

<78日目(6/18)>

宮城県・角田市~宮城県・亘理町

 

角田市発

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この日の午前中も、ブログ記事の編集に時間を割く。

 

昼食には、光馬にオススメされたラーメン屋・翔屋味噌ラーメンをいただく。

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少しとろみがあってコクのあるスープが美味い。

 

正午に出発

足の状態が良くないので、今日はウォーキングで足の裏の強張りをほぐしつつ進むことにする。

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阿武隈川に架かっている橋を越えると、再び周りの景色は田んぼと山並みばかりになる。

 

橋のそばの運動公園では、中学生の陸上競技大会が行われていた。

この時期であれば、中学総体の県大会出場を懸けた地区予選大会だろうか。

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思い返せばもう10年前のことであるが、

僕も中学1年生の時に、この中学総体の地区予選で入賞して以来、走ることにのめり込んでいった。

 

あの時は、生活の全てが「中学総体」という大会を中心に回っていた気がする。

 

狭い世界ではあったが、あの時はあの時で楽しかったなあ、と思い出しながら

地元の中学生が走る姿を眺めていた。

 

それに、様々な体格の中学生たちは走るフォームも様々だ。

その中には既に綺麗なフォームで走る子もいれば、荒削りな走り方をする子もいる。

 

「あそこをこうすればいいのに」とか

「あの体格に合った走り方だな」とか、いろいろ思う。

この年になって中学生の走りを見るのも勉強になるのだ。

 

山へ迷い込む

道なりに進むと、迂回を指示する看板が現れた。

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なんでも、この先のトンネルの歩道が狭いようである。

 

指示通りに迂回する。

 

道中には、励ましのような言葉も。

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「赤信号を待つのも人生

そんなに急いでどこに逝くの」

 

その通りだ。

ただ、最後の「逝く」という漢字に妙な深さを感じた。

 

しかし、

この迂回時かなり複雑なのである。

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いつのまにか完全に山の中に入ってしまった

さ迷いかけていたところ、地元の林業のおじちゃんたちと幸運にも出会う。

 

この道は、大通りには出ないとのこと。

 

何と。

あの看板はトラップだったのか。

 

・・・ということは、もちろんないのだが、何しろ地図が曖昧すぎて分からないのだ。

地図はしっかりしたものを信用しなければ

 

教訓である。

 

山元町・亘理町

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峠を越え、山元町が見えた。

いわゆる“被災地”である。

 

あれから4年以上経ったが、僕にとってはこれが初めての被災地訪問となる。

 

ここに来るまで白石市や角田市などで出会った人達は、山元町に関して口を揃えてこう言った。

 

「あそこは何も無いよ。」

 

その時、僕は意味が解せなかった。

 

「何も無い」とはどういうことだ?

何が無いというのだ?

 

そして、僕は実際に山元の町を目の前にした。

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なるほど、確かにだだっ広い平地が見渡す限りに続いている。

視界を遮るような高い建物もない。

 

その奥には久しぶりに拝む海・太平洋が見える。

 

だが、もちろん何も無いわけではなかった。

 

がある。道路がある。田んぼがある。が通っている。がいる。

特に、再整備された国道には絶え間なく車が勢いよく走っていて、交通量は下手な都会のそれより多いだろう。

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けれど、何か変なのだ。

 

そう、全てが新しいのである。

家も道路も田んぼもビニールハウスも。

 

田舎でよく見かけるボロボロの空き屋や、廃れたお店の看板など、そういった古いものが見当たらないのだ。

 

そこには、人間が長い時間をかけて手入れしてきた歴史というものが感じられなかった。

 

僕は被災前のこの地を知らない。

 

もしかしたら、地元の人たちが言っていた

「あそこは何も無いよ。」

という言葉は、

本来そこにあるべき景色が何も無いという意味なのかもしれない。

 

僕は、どこまでも続いていきそうなその平らな田園をしばらく歩きながら眺めていた。

 

よく見ると、ところどころに瓦礫のようなものがある。

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無残なまでに壊れたバスや家屋

途切れてしまった線路

雑草が這う軽トラック

 

これでも負の遺産はだいぶ減ったそうだ。

 

この広大な平地に太平洋から弱い浜風が吹いている。

その風は、特に何の変わり映えのない至って普通のものだ。

 

4年前にこの地にあったものを全て流していった海は、今とても穏やかである。

 

[78日目・走歩行距離:19km]