LAVERDAD - Running Journey
地球のどこかで走り回ってます。2015年、走って日本縦断しました。主に役に立たない記事を書いていきます。
旅 Journey

韓国チャリ旅。「国」とは不思議なものだね

 

友人と二人で、韓国をぶらりチャリ旅してきたので、今回はその旅の様子をお伝えしたい。

 

■1日目 福岡・博多→山口・下関→関釜フェリー

 

スタートは福岡・博多駅

山口・下関へ向かい、フェリーに乗って韓国に乗り込む。

がしかし、いろいろな準備に追われてしまったため、下関まではJRを利用することに。

 

自転車は解体して「輪行」する。右下みたいな感じ。

 

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実はこの「輪行」というのがかなり大変で、重い車体を持って歩き回らないといけないので、チャリ旅そのものよりもキツい。

 

■2日目 釜山→海雲台→蔚山

 

そして、翌朝に韓国・釜山に上陸。

フェリーで知り合った韓国人留学生に案内してもらいながら、釜山にて朝食。

早速、人の助けをもらいながら韓国の旅が始まった。

 

ここ釜山から特に予定をガチガチには決めずに北上していく。

 

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まず、驚かされたのが交通マナー

釜山では、「歩行者優先」という文化が通用しない

まあ車が止まってくれない。

「車優先」である。

 

しかし、それは逆に言えば、歩行者が車に道を譲っているということであり、みんな当たり前のようにそうしている。

釜山の交通量は多い。車が街の発展の要だったのだろうか、歩行者よりも車の方が重視されている印象。

日本では、わがもの顔で道を渡る人も多い(自分もその一人)。

 

そう考えると、何を以て「交通マナーが悪い」と言うのか分からなくなってくる

 

そして、噂通りクラクションはうるさかった。

ただ、日本と違い、クラクションを鳴らすことで気分を害しているようにはどうも思えない。

なにか、会話をするようにクラクションを鳴らしている感じというか。

よく分からないが。

 

文化の違いと割り切ってしまう方が良さそうだ。

「文化」という言葉は、理解不能なものを片付けるのに実に都合が良い。

 

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また、釜山は読んで字のごとく、山が多い

街中にも丘や坂道がたくさんある。

我々も坂道に苦しめられた。

 

なるほど韓国で自転車文化が根付かない理由の一つはこれか、と自ら体験して知る。

 

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予定が押し、日が暮れてしまった。

 

日本の高速道路並みにぶっ飛ばす韓国の国道。

そこを自転車用通路がないなか走るのだから、恐怖である。

 

夜道を30km程走ったが、危険だと判断し、初日は蔚山近くの小さい町に泊まることにする。

といっても、当日利用できるゲストハウスは簡単には見つからないので、郊外のモーテルに男二人で入る。

 

モーテルは一般的に一部屋の料金で請求されるため、二人で割り勘すれば、そこそこリーズナブルである。

そして、よく分からん飲み物を飲んで寝た。

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■3日目 蔚山→慶州

 

豊臣秀吉による朝鮮出兵(侵略)の時代、加藤清正によって建てられた城、西生浦倭城は蔚山郊外にある。

急な予定変更で泊まった街のすぐ近くにあった。

不確定な旅のおもしろいところである。

 

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400年前の日本と韓国に思いを馳せながら、春先の心地よい風を浴びて寝そべる。

日本よりやや荒涼な風景だが、それもまた趣があって良い。

 

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蔚山郊外は工業地帯。

わずかに行き交う人たちはみな、布を顔に巻きサングラスを付けている。

 

大気の状況が非常に良くないからだ。

 

我々も途中、コンビニでマスクを買い、なんとか間に合わせた。

 

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夜、慶州に到着。

ナムゲストハウスに泊まる。

コーヒー大好きのオーナーさんはとても親切で、自慢のコーヒーを振る舞ってくれた。

決して堪能とは言えない日本語と英語だったが、お互いに歩み寄ってコミュニケーションをとる。

母国語が違うからこそ、ある意味で深いコミュニケーションが取れることもある。

 

ここで、私と相方は別行動。

相方は慶州に残り観光。

私は深夜バスで、友人に会いにソウルへ向かう。

 

ソウルへ着くのは翌午前3:30。

相変わらず滅茶苦茶なスケジュールで行動する自分に呆れながらバスに乗る。

例に漏れず、バスの運転は荒かった。

 

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■4日目 ソウル→慶州

 

ソウルで再会した友人たちとは、カナダ・バンクーバーの語学学校にいたときに出会った。

一人は韓国・ソウル出身の男性。もう一人はコロンビア・ボゴタ出身の女性

二人ともバンクーバー時代から仲が良く、映画やカラオケに行ったこともある。

時間が経っても、国が違ってもこうしてまた会えて、話をして、笑い合えるというのは何物にも代え難い。

 

光化門内では、伝統的なセレモニーが開かれていた。
門の造りやカラフルな衣装は、琉球文化を彷彿させる。

少し歩くと、東洋なのか西洋なのかよく分からない建物が、ごちゃまぜに立ち並んでいる地区もある。

こうして、国境を越えたところで文化的類似を目の当たりにすると、国とは古来から関わり合って成り立ってきたのだとつくづく思う。

 

「国」という概念がない遥か昔は、人と人の繋がりが「世界」であったという。

「国」とは不思議なものである。

 

余談ではあるが、私の地元・奄美大島も江戸時代までは、公式的には琉球王朝(沖縄県)占領下、実質的には薩摩藩(鹿児島県)の占領下という非常に曖昧なものだった。

そして、奄美が政治的に日本となったのは、廃藩置県で鹿児島県に組み込まれて以降だとする見方がある。

だとすると、奄美が日本になってから100年ちょっとしか経っていないことになる。

 

そう考えると、「日本人」って何なんだろう?と思ってしまうことがある。

 

今回の韓国の旅でも、僕は見た目が見た目なのでフィリピン人に間違えられたが、僕のルーツを辿ればあながち間違いではないかもしれない。

 

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■5日目 慶州→釜山→関釜フェリー

 

相方のチャリの後輪が壊れてしまったこともあり、新慶州駅からKTX(韓国の長距離列車)を使い、釜山まで輪行。

国際市場を食べ歩きながら観光。

日本で例えるとすれば、大阪のような元気の良い街だ。

 

いざ離れるとなると、少し寂しい気もしながら、フェリーに乗り韓国を後にした。

 

<おわりに>

 

明日から、日本縦断をする。

現在、バタバタ準備中。

 

旅をしても、現地のことを知り尽くすなどということは到底できない。

 

4年間福岡に住んでいても、福岡について知らないことがある。

22年間日本に住んでいても、日本について知らないことがある。

 

旅ってキリがないですなあ。。。