走×旅 ~Running Journey~
走ることとか、旅することとか、戯言とか。
オピニオン

ようやく気付いた。世界は自分を中心に回っていない。

 

どうも。
ウエハラです。

 

最近、気付いたことがある。

26年生きてきて、割と大事なことにようやく気付いてしまったのだ。

それが・・・

 

「世界は自分を中心に回っていない」

 

ということ。

いや、気付くの遅せーよ

というツッコミどころしかないのだが、これは驚愕の事実。

 

でも、この「世界は自分を中心に回っていない」という意味を踏み込んで理解してる人って意外と少ないんじゃないかと思うので、ここはいっちょ僕が解説しよう。

 

 

◆世界は自分を中心に回っていない

 

もう一度言おう。

「世界は自分を中心に回っていない」

 

何だ。当たり前じゃないか。

と思うかもしれないが、ええ、僕もそう思っていた。

 

しかし、実は僕は分かっていなかったのだ。

 

僕がこの事実を身をもって実感したのは、今の“自営業”というスタイルで仕事を始めてからだ。

 

“開業届”と“青色申告承認申請書”とかいう書類を2枚ちゃちゃっと提出して、“自営業”というスタイルで仕事を始めてみたものの、すぐにあることに直面する。

 

まー稼げない

びっくりするくらい稼げない

 

いわゆる“稼げない問題”

起きている時間はほぼずっと働いているのに、サラリーマン時代よりもずっと収入は少ない

 

労働時間なんて概念すらなくなるくらい常に仕事。

時給換算するのも難しい。

おいおい、これ何時間で割ればいいんだ?

て感じ。

 

まぁ、これは別に愚痴でも自慢でも何でもないのだけれど、要は“お金を稼ぐのは大変だ”ってことが言いたい。

いや、これ本当に。

“一定時間働いたからいくら貰える”という世界じゃないからよく分かる。

(でも、その分100円でも稼げた時の有難みと嬉しさは尋常じゃない)

 

それで、「じゃあ何で稼げないのかな?」って考えた時に

それは、「自分のことしか考えてないから」なのだ。

 

相手のニーズを満たしてこそ、お金がもらえる。

誰かのためになってこそ、お金がもらえる。

誰かを気持ちよくさせることで、お金がもらえる。

 

この実にシンプルな理論で、今の資本主義社会は成り立っている。

 

そんな理論くらい、精神年齢中学生の僕でも分かっているつもりだったが、甘かった。

その厳しさを身をもって実感できたのはやはり自分でビジネスを始めて、“稼げない問題”に直面したからだろう。

 

ここでようやく僕は

「世界は自分を中心に回っていない」

という事実を嫌が上でも認めるしかなかった。

 

◆みんな自分のことしか考えていない

 

そうか。

「世界は自分を中心に回っていない」

それは分かった。

 

おや?

では、「世界は誰を中心に回っているんだ?」

 

なんか自分よりもスゲー奴がいるのかな?

カリスマ的な人がいるのかな?

聖人君子や賢者がいるのかな?

であるなら、彼らは一体どこにいるんだろう?

 

とか思ってしまいたくなる。

 

でも、それは違う。

 

世界の中心は一つではない。

つまり、みんな自分のことしか考えてなくて、自分の中で自分だけの小さな世界を回しているだけだということ。

 

自己中心的世界の集合体こそが世界である。

人の数だけ中心があると言ってもいい。

 

それはもうとってもカオスで、歪で、不協和音鳴らしまくりの、掴みどころのない概念である。

世界とはきっとそういうもの。

 

だって、僕は地球の裏側にいる誰かの価値観は知らないし、その人の為になることも出来なければ、その人を救うことも出来ない。

僕に出来ることは、僕自身を満足させることだけだ。

 

自分しか人生の中心になり得ない。

誰しもそうだ。

 

おっと。

話が混乱してきそうなのでここで一旦まとめておこう。

 

確かに、「世界は自分を中心に回っていない」

でもそれは、他のどこかに中心があるっていうわけではなくて、

「みんな自分だけの世界を持っている」

ということ。

 

これを「広義的な世界」「狭義的な世界」とでも区別して考えてみようか。

 

「広義的な世界」は確かに自分を中心には回っていない

しかし、「狭義的な世界」つまり「個々人の小さな世界」が集まって「広義的な世界」は成り立っている

 

その「狭義的な世界」の中では、その人自身が主人公。

その人を中心にその人の世界は回っている。

 

・・・とまぁ、ここまでウダウダと面倒くさい言い方をしてしまったけど、要は

みんな自分のことしか考えていない

っていうことが言いたい。

 

「あの人に嫌われたー」

とあなたが思ったとしても、当の相手は何とも思っていなかったり。

逆に、あなたは何とも思ってないのに相手はあなたに対していろいろ思っていたり。

 

みんな自分のことしか考えていないからそういうことが起こる。

 

◆資本主義は人間の自己中心性を上手く利用したシステム

 

では、話を「お金を稼ぐ」というところまで戻そう。

 

この現代の資本主義社会で「お金を稼ぐ」ためには、先ほどの“自己中心的世界の集合体”という概念を理解しないといけない。

今あなたの目の前にある世界は実は1つではなくて、“他の誰か”もまた別の世界を生きているのだ。

 

資本主義の基本的なシステムに乗っ取れば、その“他の誰か”を喜ばせなければ「お金を稼ぐ」ことはできない

そして、その“他の誰か”はもう言うまでもなく「自分のことしか考えていない」

 

まずはここを理解しておかないといけない。

当たり前のように思えても、ここは何度でも確かめた方が良い。

 

自分のことしか考えていないその“他の誰か”を喜ばせるにはどうしたらいいか?

ここを考えて、考え抜くのだ。

 

ちなみにこの“相手を喜ばせようという行為”

これは決して、相手の為にしていることではない。

そうではなくて、これは紛れもなく、「自分の為」にしていることだ。

 

だって、稼ぎたいわけでしょ

自分の為に。

たとえお金が目的でないにしても、何かしら自分の喜びに繋がるからやっているはず。

 

それは全然悪くない。

人は自分中心の世界を生きているわけだから。

 

自分が経済的に豊かになるためにどうしたらいいか徹底的に考えたら、結果的に“他の誰か”が喜ぶようなことをしないといけないわけだ。

それが資本主義社会の基本システム。

人間の“自己中心的な性質”を上手く利用して、世界全体をWin-Winの関係性で繋いでいる

 

◆「世の為、人の為」と言う人ほど自分のことしか考えていない

 

もっと言うと、僕は「世の為、人の為に生きている」と連呼する人を信用できない。

 

確かにお金を稼ぐには誰かの為になることをする必要がある。

しかし、それは巡り巡って「自分の為」

 

「自分の為」にお金を稼ぎたい、ビジネスをしたいと思う人は、

「こうすれば相手は喜ぶんじゃないかなぁ~」と予想してモノやサービスを売るわけだ。

 

とはいえ、他人の感情や行動は完全にはコントロールできないから、様々なデータや予測を基に実験するしかない。

相手も自分中心の世界を生きている人間だと言うことを理解しているからだ。

 

ところが、自称「世の為、人の為に生きている人間」は大抵、その人の正義を振りかざし、それを相手に押し付けがち

こういうタイプの人間は、相手が自分中心の世界を生きているという発想がない。

だから、相手をコントロールできると思っている。

 

「これはあなたの為なのよ」

「これは世の中を良くする為に必要なのよ」

という絶対的な信念。

 

それが商売となれば、“押し売り”ということになる。

相手が嫌がっているのであれば、それはもはやその人の為にはなっていない。

「世の為、人の為」ではなく、完全に「自分の為」だ。

しかも、Win-Winの関係にならないタイプの。

 

恐らくこれではお金も稼げないだろう。

いずれは自らの生活も窮し、そんな余裕のない状態ではなおさら相手のことを考えられない。

つまるところは、さらに自分よがりな押し売り→そして売れないの永遠ループ。

 

◆まずは徹底的に自分を満足させる

 

では、そろそろまとめよう。

 

まず、世界の中心は1つではなくて、みんながそれぞれ自分中心の世界を生きている

つまり、タイトルの通り、世界は自分を中心に回っているわけではない

ここは前提条件として理解しておきたい。

 

で、僕が稼げないのは、確かに「自分のことしか考えていないから」なのだけれど、みんな基本的に自分のことしか考えないので、それは特別不自然なことではない。

 

でも、自分の経済的豊かさを求めるのであれば、結果的に“他の誰か”の為になることをする必要がある

徹底的に自分のことを考えるならば、自分以外の相手にも思いを巡らせなければいけない

逆説のようだが、そういうことになる。

上手くできてるな、資本主義って。

 

だから、僕はまず何よりも“自分を満足させること”を優先させるべきだと思っていて、その結果、他の誰かを満足させることに繋がっていくのだと思っている。

 

“自分を満足させる”ということは、この文脈ではつまり“お金を稼ぐ”ということ。

 

お金を稼いで自分が満たされれば、心の余裕が出てきて、より社会に対する生産行為を増やしていくことが出来るのではないだろうか。

そして、“社会に対する生産行為”とはつまり“お金を稼ぐこと”であり、それがまた自分を満たしてくれるわけだ。

この永遠ループが作れたらウハウハじゃないか。

 

まさにWin-Winの関係

「自分の為」「誰かの為」は矛盾しない

個人主義バンザイ。

 

・・・という感じで、ここ最近「お金を稼ぐ」ってどういうことなんだ?

と改めて何度も何度も考えていたのでこうして言葉にしてみた。

 

あくまで僕個人の暫定解でしかないが、今は「とりあえず稼ごう」精神でチャレンジしてみようと思う。

 

『阿蘇の牧野トレイルランニング』